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新発見 金華山中腹に巨大な石垣群!

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岐阜県岐阜市

金華山北西尾根の中腹(標高140~160mの位置)で新たに平坦地と石垣群が、赤川洞で谷筋を護岸する巨石石組みが見つかりました。特に、中腹の石垣群は西側斜面だけに造られているのが特徴的で、これは城下町からの見栄えを強く意識したものと考えられます。これまで岐阜城は、山上の詰城と山麓の居館という二元的構造と考えられてきましたが、今回の石垣群は山の中腹に位置することから、岐阜城の概念・構造の見直しにつながる大きな発見といえるでしょう。
調査時期:平成30年1~4月
調査場所:金華山北西部
調査内容:現地で遺構分布調査を実施(目視による確認、写真撮影など)

■1 赤川洞(赤ヶ洞)で、谷筋を護岸する巨石石組みを確認!
○調査結果
・標高45~65m
・8段の平坦地を確認
・谷筋に造られた石組みの総延長約50m
・石組み石材の大きさ2m以上
⇒谷川の両側に平地を作り、人工的に組まれた巨大な岩。
景色を楽しむために造られた庭園の一部では?
江戸時代の伝承では、信長公の孫・秀信公の居館があったとされている場所。

■2 天守から北西の尾根上で、新たな石垣群を確認!
○調査結果
・標高140~160m
・6段の平坦地を確認うち、3か所の平坦地西斜面に石垣が1~3段分残存
・石垣の総延長約38m
・石垣石材の平均長さ約80cm
・最も大きい石材は長さ270cm×高さ60cm=岐阜城で最大!
⇒戦国時代に信長公が築いたとみられる。ここにあった建物は嫡男・信忠公の居場所の可能性が考えられる。

今回の調査にあたっては、昔の絵図から最新の測量図まで、さまざまな資料を活用しました。上空から金華山に超高密度レーザーをあてて作成された3次元レーザー測量図は、中日本航空(株)(愛知県)が社会貢献として作成したものです。詳細な地形が表現されており、石垣発見の大きな助けとなりました。

◆新事実!
伊奈波神社所蔵の絵図「稲葉城趾之図(いなばじょうしのず)」にも、今回発見された石垣や平坦地が描かれていることが分かりました!

拡大してみると、中腹には片面だけに石垣がある平坦地が確認できます。

問合せ:社会教育課【電話】214-2365

       

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