『ポピュリズム』の功罪 岐阜市 市長 細江茂光
昨年は米国大統領選挙をめぐって 「ポピュリズム」 論争が盛んな一年でした。 さて、 そのポピュリズムとは?日本語に訳せば 「大衆迎合主義」 となり、ややネガティブ (否定的) な響きがあるこの言葉ですが、語源はラテン語のポプルスPOPULUS (人々、人民) で、大衆への迎合を意味する 「衆愚政治」 という否定的な意味と、大衆の反逆、 「人民主義」 という肯定的な意味の両方があるようです。ポピュリズムは 「大衆の支持を基盤に一部の特権階級やエリートの特権を正そうとする政治運動だが、一方で人気取りに始終して衆愚政治に陥る危険もある」 というような記載をしている辞書もあります。 つまりこのポピュリズムという 「手法」はその目的とするところ、すなわち 「志」 次第で、良くも悪くもなるということでしょうか。
ポピュリズム政党やポピュリズムを唱える政治家は、往々にしてメディアを縦横無尽 (じゅうおうむじん) に駆使 (くし) する傾向があります。米国のトランプ大統領がツイッターを活用し、自分の思いのたけを大いに発信していることは周知の事実です。しかし、インターネットやSNSの普及によりフェイクニュース (偽ニュース) や個人的な極論などが容易に人々の目に触れるようになると、人々の主張や考え方が極端な方向に振れていく危険性をはらみます。十分な検証をせず、つい自分に好都合な意見や立場に吸い寄せられていくのが人情というものでしょう。
人間というのは、つい 「今」 の 「自分」 にとって都合の良いことを選択しがちではないでしょうか。 「今」 だけではなく 「将来のこと」 、 「自分」 のことだけではなく 「他人」 をも含む 「全体のこと」 を考えることが重要です。私は常日頃から 「現在益だけではなく未来益を」 「部分益だけではなく全体益を」 考えて市政経営にあたるよう職員の皆さんにお願いしています。将来のために今は我慢をしよう、全体のために自分は我慢しようという姿勢が社会全体に満ち満ちてくれば世の中は順回転していきます。
先日、ある新聞に 「シルバー民主主義」 についての記事が掲載されていました。国の財政を悪化させているのは、投票率が高く政治への影響力が大きい高齢者を優遇するための政策を導入しているからではないかという問題提起の一方で、きちっと説明さえすれば高齢者もある程度の負担増を受け入れられるのではないかという最近の研究の結果も載せられていました。ともするとポピュリズムとも受け取られかねない政策への警鐘とともに、一方で十分な説明や情報さえあれば国民の良識でポピュリズムを乗り越えていけるのだと確信できるうれしい記事でした。